「働き方改革」は、まず与党自ら襟を正すことから始めるべき!

自民党の加藤寛治(かとうかんじ)衆院議員は5月10日の「細田派」の会合で、結婚披露宴に出席した際は、『若い女性に対して、必ず3人以上の子どもを産み育てて頂きたい。』と呼び掛けていると紹介するとともに、『結婚しなければ子どもが生まれないから、人さまの子どもの税金で(運営される)老人ホームに行くことになる』と説いているとも説明しています。

出席者から「セクハラと言われる」といさめる声も上がりましたが、記者団に発言を撤回しない考えを示し、その後、『誤解を招いたと』として、しぶしぶ撤回しました。

また、福田前財務事務次官のセクハラ発言が「週刊新潮」で報じられた問題で、麻生財務相は、『福田次官の発言は一部しかとっていない。全体を見ればセクハラに該当しない。』と言い放つとともに、5月8日の閣議後の記者会見では、福田前財務省事務次官のセクハラ問題に関し、『セクハラ罪という罪はない』と改めて主張する始末です。

政府が今国会に提出している「働き方改革法案」は、3つの課題・9本の検討テーマが設けられています。その9本の柱の中のひとつに「女性・若者が活躍しやすい環境整備」に努めるとあります。

しかし、麻生財務相のように、内閣の重鎮がセクハラを無くそうという気がまったくなかったり、セクハラを行った側の男性(財務官僚)をかばったり、政府・与党の中から「女性は結婚して家庭に入り、子を産んで育児や家事をしておけばいい」といった旧態依然とした感覚をお持ちの国会議員が大手を振っているようでは、本当の「働き方改革」などできようもありませんし、「働き方改革」とは、まさに国民受けするスローガンを並べただけの、掛け声倒れと言わざるを得ません。

そもそも今回は、セクハラは犯罪に当たるかどうかが問われているわけではありません。無論、セクハラ行為は場合によっては「刑法」の強要罪や自治体の「迷惑防止条例」違反などに問われる可能性がありますが、問題の本質とは別の話です。

そもそも、「刑法」だけが社会の規範ではありません。倫理観やマナー等々もそれに含まれます。例えば文部科学相が「いじめ罪はない」と言って、いじめの加害者を擁護したら許されるでしょうか。セクハラは重大な人権問題であり、いじめと同様、セクハラをなくそうとするのが政治家の務めのはずです(一部「毎日新聞」社説引用)。

このようなことから、麻生財務相の発言は根本的に間違っていると言わざるを得ません。

そして、このセクハラ問題では、麻生財務相に質問する記者に対し、麻生氏は時に威圧的に、時には茶化したりし、自らの持論を繰り返しています。こうした言動に対し、安倍首相が何ら注意をしない点もまた、大きな問題です。

もし仮に、財務省事務次官の相次ぐ不祥事の責任を取って麻生財務相が辞任すれば、批判の矛先が安倍首相自身に向かうことは明らかで、そうなると秋の自民党総裁選で3選が難しくなります。したかって、安倍首相は、麻生氏の支持を得ることを最優先し、麻生氏の辞任でドミノ式に自分への責任論が出てくるのを防ぎたいといった、政局的な思惑ばかりが優先していると指摘せざるを得ません。

与党内では「いつもの麻生氏の乱雑な発言だ」という反応が大勢で、事態を深刻に受け止める声はほとんどありません。しかし、このまま放置すれば、「女性の活躍をうたいながらセクハラに寛容な安倍首相と自民党」という見方が定着するとともに、「働き方改革法案」の審議にも影響を与えることは火を見るよりも明らかです。

この際、安倍首相は、麻生財務相、加藤寛治衆院議員に対する毅然とした態度で処分を行うことことが必要だと考えます。

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